| 06/02/19 13:41
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35: masaki
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学校教育ってのは、多かれ少なかれ、大人たちの意思を子供たちに押し付けている部分があると思います。ですから、不登校という のが”望ましくない”ものであると決め付けられているとだと思います。
家庭ー地域社会ー学校 の三角形の中に子供がいると考え、三角形のどれがおろそかになってもいけないのだと思います。そしてそ の三角形が誰に対しても同じような扱いをするのではなく、一人一人の人間性を見た動きができれば、もう少し変わるのではないか と思います。 |
| 06/02/20 20:27
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36: In unity
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みなさんコメントありがとうございます。
時間の関係でお一人お一人にレスができないのですが、とてもいいご意見ばかり。ありがとうございました。
hako2oさんがおっしゃっているように、不登校という問題は、私たち一人ひとりの物事に対する見方、固定観念をきれいに映し出してくれるものだと私は感じています。
保健室登校をされている時白 良さんの気持ちもよくわかりますよ。
このアンケートのいろいろなコメントから、不登校というのは、実は「問題」ではなくて、一つのプロセスであり、そのことを問題 視ばかりしても何も進まないということを理解していただければと思います。
社会のルールを守ることはとっても大切ですし、学校で一生懸命勉強に励んだり、部活に情熱を燃やすのはすばらしい。
しかし、それが、自分自身を生きること、自分自身の喜びであることでなければ、一体何のためにするのだろうか・・・。
言葉では表現しにくい点ですが、当たり前の気持ち、人の本質を大切にしていきたいですね。 |
| 06/02/22 23:23
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37: こばこば
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学校に行くとか行かないという表面的な部分で問題を捉えるところに、今の教育界の問題があるように思います。 不登校でなくても、不登校のこと同じように、苦しんでいる子もいると思います。そうしたどの子どもたちも突き抜けて抱える共通の課題を探っていくことも重要ではないでしょうか。 |
| 06/02/23 02:10
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38: うら島拓郎
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誰かが言ってたように、「子供の甘えと、環境の問題」そして「子どもたちの耐性がなくなった」のも事実です。思うに大人から 子どもたちがいじめられていない(=鍛えるという意味で)現実はどうなのでしょう。それが「甘さに付け込んでいる子供」という コメントになるのかもしれません。「みんな違ってみんないいい」とは、詩人の金子みすずの言葉ですが、多種多様=個性的な生き方 を多くの人びとが、これまでずっとしてきた結果なのです。もしかしたら問題にする事自体が無意味なことかもしれません。今いる 場所に所属できないことは、たいした問題ではありません。というよりむしろ誰もが簡単には排除できないくらいに大きな問題とも 言えます。そのために釈迦やキリストは、彼等が生きた時代に悩んだのでしょう。とすれば一人ひとり自己の日常レベルで答えがで るまで考えるしかありません。まぁ行きたくなければ行かないのが一番です。それを無理に保健室登校などと変なところで帳尻を合 わせている学校や生徒・保護者がまた問題をさらに見えにくくしています。 |
| 06/02/24 20:59
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39: こばこば
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ここの掲示板に不登校の体験をされた方が書き込みをなされているようですが、こういう方、つまり、当事者の方の声を聞くというのが、ひとつの出発点になると思うのです。 もうひとつは、今後は、学校と学校以外の世界のボーダーラインが低くなるということです。アメリカのチャータースクールがその 典型的な例ですが、日本でも、NPOによる学校運営やフリースクールへの登校が、学校への出席にカウントされたり、あるいは通 信制の小学校・中学校ができたりしています。不登校の子に対する支援は、民間・自治体ともに独自に模索している状況ですね。こ うしたことが、公立学校の役割とは何か、もっといえば、公立の公を問うことにもなるのではないでしょうか。個人的には、不登校 の学習権は、どう確立されうるのかは、大きな課題であると感じます。 国際的に見て、不登校の子どもが増えるのは、先進国に見られる共通の現象のようです。ただ、日本はまだ少ないほうであるとも聞 いています。「豊かさ」を前提とした教育を構築する必要もあるのかもしれません。 |
| 06/08/08 02:38
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40: mikapapa
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学校っていう言い方をしちゃうと確定された施設、組織と言う感じがするけど、実際は、個人的な人間が作り上げている人格空間だよね。
それに対して、その人格に受け入れられていく参加者の一人一人が、必ずしもその空間のもつ性格と許容し合えるとは限らない。
人付き合いにおいて、馬の合う合わないに関しては、他人が口出ししてどうこうなる問題ではない。
「学校」という公的施設であろうとも、存在の性質がひとつの人格をもった空間であると認識するならば、例外ではない。
つまり、それぞれ個々の生きた問題であって、社会問題であるかのように当事者以外のところに原因を持っていってしまうことが解決を遅らせてしまう原因になっているのではないかと思われる。 不特定多数の「不登校」をイッパひとからげにして語るなんて何の役にも立たないのではないか?
ましてや、学校への不参加者に対するフォローのために、学校を変えるなどという考えは間違っている。 あくまでも、学校を良くするのは学校に居合わせる参加者たちのためであって、参加者が充実して参加できる学校であることが、副次的に不登校を減らすことにつながる形が自然であろう。 |
| 07/04/02 17:53
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41: 元不登校
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この春に高3になります。 中学校3年間不登校でした。毎日が苦痛でした。たまに学校へ行くとクラスの男の子たちに『不登校はズル休み』、『行事の時だけ 来てんじゃねーよ』と何度も言われました。でも、当時の私は彼らに反抗できる心を持っていませんでした。ただ、黙ってその言葉 を聞き家に帰って大泣きをする。
私が不登校になったきっかけは学校内で起きた暴力事件でした。クラスメートの男の子が先輩に殴られていました。 その事件から私は学校へ近づくのをやめました。行き続けたら今度は私が殴られるかもしれない…そう思っていました。 暴言を吐いた彼らは私の不登校の背景を何も知りません…だからそんな言葉を平気で言えたのかもしれません。
きっと、不登校=ズル休みと思う人はいっぱいいると思います。でも、コレだけは知っておいてください。不登校になるのはちゃんと理由がある。 この掲示板に不登校の子供をもつ親や先生方がいたらお願いします。 子供のことを、しっかり見てください。そして、しっかり向き合って話してください。私は、先生に恵まれませんでした。卒業式の 日に『体育館倉庫にいていいから出席しなさい』と体育館倉庫に閉じ込められそうになったりしました。その先生はきっと他の子と 違う私が気に入らなかったんでしょうね。笑
今、私は病弱の養護学校に通っています。あの事件が私に心の病気を呼んだみたいです。笑 今の学校に来てからは休まず毎日通ってますよ。中学の同級生に昔の話されても全然大丈夫!! 私は高校に入って“復讐”を決意しました。 復讐と言ってもそんな恐ろしいことじゃなくて、ただ単に勉強の遅れを取り戻して、大学進学して、自分の夢を叶える。それが、彼らへの復讐です。笑 いつか彼らに会ったとき、胸を張って『不登校になれて良かったです』と言えるように毎日頑張って勉強してます。
だらだらと私の話をしてしまいましたが、不登校って言うほど悪いことじゃないと思います。だって、不登校を選んだのは自分の意思ですから。 こういう人生も悪くないと私は思いますけどね…
今、不登校に悩んでる人たちへ。 学校に敵がいるのならその敵を倒せるような心を持とう!! 倒すのは卒業してからでも遅くはない。どんなに時間をかけてもいいから強い心を持とう! 大丈夫、強い心を持つまでにはあと少しだから。だって、君たちは他の子たちとは違う“不登校”という道を選べたのだから。普通 に学校へ行ってる子達は他人と違うのが怖いから学校へ仕方なく行ってると思うよ。 本当は、毎日学校へ行ってる子達よりも強い心を持ってるはず。だから、自信を持って。今、悩んでることはきっとこれカラ色んな ところで役に立つと思うから。安心して、周りにはたくさん味方がいるから。絶対に一人じゃないからね。 敵を見返すんだー!!!笑
長々と失礼しました…泣 |
| 07/04/02 19:49
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42: サウスポー47
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↑そうなのですか… そういう事情もあるのですね。 俺のところも不登校います。 クラスの中じゃ3人です。 学年(3クラス)だと、6人かな? 何故か多いんですね。やっぱり学校が荒れているからでしょうか? ただ、俺は人を傷つけるのが嫌いです。 だから、人一倍心の傷に敏感に反応します。 いや、そう心がけています。 なぜ、人を傷つけるのがいやになったかというと、過去に心を傷つけられた事がたくさんあるのです。
1年生の6月頃、学校に行くたびに心を傷つけられ、更に傷つけられ、それでも我慢しました。 我慢して、学校に行きました。いやでした。できたら病気で欠席したかったとよく思いました。でも、親には相談したくないと思っていたので我慢し続けました。 俺の親友はクラスのほぼ全員からいじめられていました。理由はよく泣くかららしいです。でも、彼も闘いました。いじめと、学校 と。彼は一度、死のうとしたらしいです。が、最後まで闘いつづけました。 7月頃でしょうか。 担任が5月に病に倒れて、副担任が代理でしていたのですが。 正式に担任が決まりました。その先生はかなり厳しかったです。 が、おかげでいじめも少しずつ消え去りました。 2学期には親友へのいじめも俺のことを傷つける事も無くなりました。 年が変わって3学期には最高のクラスになりました。 多分、小中学校で一度しか味わえないような、最高な日々が続きました。
と、長くなりましたが。 とにかく俺たちは辛抱し続け、最高の日々を味わう事になりましたが。 まだいじめられている人はいます。親友よりも酷いいじめを喰らっている人とか。 たとえば、今も尚不登校の人達。 一人は逮捕で、一人は面白くないから、そしてもう一人は病気で行っていないのですが。 残りの3人はやはりいじめ・嫌がらせなどから行っていません。 行事も行かないほどです。(ただ、クラスの中の1、2人の人もいる) でも、学校に行き続けなければ、闘い続けなければいけないと思います。 たとえ、孤独になっても。たとえ、親友が裏切っても。 そうでもないと一生後悔します。 とはいっても、これはたまたま根性と精神がよほど強かったうえ、いい先生とも巡り合えた事だからでしょうね。 だから、今の時代のいじめは耐える事が大変難しいです。 大人たちが言うように簡単には耐える事ができないのです。 |
| 07/04/02 19:50
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43: サウスポー47
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↑の続き。
それから、これは俺が2年生になっての話なのですが。 同じ班でSとRがいます。俺とRは親友で、Sは始めRと仲が良かったのです。 が、Sが調子に乗り出し、Rを配下みたいに扱いました。 当然Rはこれに怒ります。だけど、暴力的なSに次第に逆らえなくなり… 本当に配下になりました。 そしてRは俺に相談し始めました。だけど成す術はありませんでした。 Rを配下にしたSは今度は俺を標的にしました。が、俺は暴力的なSに反抗し続けます。 これに面白くないと思ったSは配下のR(逆らえないからするみたいな)と共に授業妨害をしました。他にも色々と… が、俺はずっと耐えました。学校には行きたくないと思いながらも、いじめられるからこそいくというみたいな変なプライドで行き続けました。 (尚、この間にもRは俺に相談し続ける) 委員会でも、修学旅行でも、続きました。 Sと話すことのない、仲のいい女子と話すと必ず、妬んでいるのか、邪魔してきます。酷い時は…俺の嫌がることを男子数人でし続け…とかです。 耐え続けた俺の心はズタズタでした。だから、つい部活で仲がいい後輩たちに、親友たちに愚痴をこぼしたりしました。人の文句はあまり言わないのですが、このときばかりは言いましたね。 そんな辛い日々が続き、2年生もそろそろ終わりを告げる頃。 ついに怒りをぶつけました。というもののSが新聞紙を丸めて俺の頭を叩いたので取り上げ、無視して、返さなかっただけですが。 そしたらSが俺の目の前に。 俺「席座り。」 S「返せっちゃ。」 俺「嫌。」 S「なん?喧嘩売りよん?」 俺「嫌、別に。」 S「なら返せっちゃ。」 俺「嫌やし。叩いてくるやん。」 S「うぜーっちゃ!!あん?喧嘩売りよんか?」 俺「はぁ?意味わからんし。」 とまあ、こんな感じの会話をしていました。 俺はSを睨み続け、Sは俺を睨み続け。 これでやっと気づいたのか、教師が止めにはいりました。 教師「なんがおこったんか?」 と、中に入ってくるわけで。 ああ、やっとおわったかと安心していたのですが。 Sがマジギレしました。俺の右肩にグーが!! だけど教師の力は流石に強い。連れて行かれました。 正直痛かったです。利き腕の左に入らなくて何よりですが。 そのあとは反省したらしく、謝ってきました。 S「殴ってすまんの。」 俺は信じていませんが。 許したくも無かったのですが教師がいたのでとりあえず許しました。 つか、俺はそこよりも約2ヶ月続いた嫌がらせの方に苛立っているんだし。 まあ、当然のことながらRはそのあとも配下でした。 その4日後、また嫌がらせ。 もう呆れましたね。ばかじゃねぇ?みたいな。 そんな感じでしたが2年生も無事終わりました。 本当に、無事で何よりの1年でした。
長くなってすみません。 これがこの2年間経験した中学校の嫌がらせです。 悪質です。本当に。 教師も、実はSに贔屓しているんですよね。 本当に教師かよ?みたいな。 最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。 少しでも参考になれば、光栄です。 では。 |
| 07/04/12 11:31
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44: 未来
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中2の娘を持つ母親です。 中1の3学期から学校に行かなくなりました。 とにかく今はゆっくり休んで自分の道を探してほしいです。 学校を選ばない選択もありじゃないかと思います。 とにかく娘の気持ちを理解してやる事が一番のような気がします。 まだまだ余裕のない母親なので何を言っていいのかわかりませんが、ガンバレとは言いませんが、楽しい一日一日を過ごして下さい。 |