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05/10/16 02:15
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1 : yoshino
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確かに学校間に競争原理を取り入れるというのは、活性化策の一つとしては有効かもしれません。 しかし、実際には風聞などに大きくされたりしているようです。また、公立学校ですからもちろん教師の異動もあるわけですよね。 だから、かならずしも入学時に学校選択したからといって、保護者が考えるような結果にはならないと思います。 |
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05/10/18 20:22
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4 : ばんりまま
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>>1. yoshinoさん
ご意見ありがとうございます。 私も教育に携わるものの一人として あまりよいことには思えないのです。
初等教育は特に、もっとおおらかでよいと思うのです。 いろんな家庭があり、いろんな人がいることを学ぶこと、 それが人間育成にはとても大事なことだと思うのです。
学校を選ぶということは、どうしても価値観が似た人があつまりますよね。 確かに、揉め事は少なくなるかもしれませんが、 人間は揉め事を通してさまざまな価値観に触れ、 認識を広げていくものだと思うのです。
画一的な価値観の中で育った人は、考え方に幅ができないと思うんですよね…。 だから、挫折に弱かったり、怪しげな宗教に逃げ込んだりしてしまうのではないか、と。(極論かもしれませんが。) |
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05/10/18 21:04
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5 : ばんりまま
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>>3. principさん
ブログ読ませていただきました。 対談形式で、それぞれの立場の人の意見、 さまざまな観点で語られていて興味深かったです。
入学希望者の多い学校、そうでない学校が、 学校、そこに通う生徒、勤める先生の評価の指標とされてしまう のではないかと危惧してしまいます。 |
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05/10/26 00:18
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6 : TAKU
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ブログを読ませていただきました。 私は、2人の子の親として学校選択制は賛成です。 自分の子供をこのような教育環境下に置きたいと思っても 現在の学区制では、それもかないません。 (現在住んでいる地域では、私立の小学校がありません。) そこにあるのは、諦めと妥協ではないでしょうか? だからこそ、保護者に「この学校に行ってやる。」的な発想が 生まれるのではないでしょうか? 学校を選択することによって、保護自身に選択したという責任が生まれると思います。また、学区制は一見、平等のようですが、親 の意識の差や所得によっては、学区外通学や引越しという方法が取れるのではないでしょうか? 学校に競争原理は?とのことですが???競争というより「特色化」と考えてはどうでしょうか。特色を打ち出せない学校=マネージメント能力に欠ける管理職 という図式ではないでしょうか? また、教員だけ評価されてはいけないのでしょうか?評価基準や評価者の問題もあるでしょうが、先生の価値観と世間の価値観との ギャップを埋めるにはよい機会ではないでしょうか。学校でも、頑張った子はより賞賛されたり評価されたりしないのでしょうか? 教室と学校組織はちがうの?というのが率直な感想です。 何はともあれ、保護者も教職員もそろそろぬるま湯からあがる時期ではないかと思うしだいです。 |
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05/11/13 17:49
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7 : ばんりまま
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>>6. TAKUさん
レス遅れて申し訳ありませんでした。
保護者の責任が学校への協力意識を生むというご意見ですね。 参考になりました。 |
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05/11/14 06:12
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8 : princip
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こんにちは「小学校長のお仕事」のprincipです。 はっきり言って、あんまり競争原理という点では意味がないです。 隣接校を選べることで、より便利な学校に通学できるメリットはあるでしょうね。 また、選択制度が定着してくると、学校としてはあんまり歓迎できない親子(自分の居住地でのトラブルメーカー)が居住地の学校 に入りにくくて、わざわざ遠くから学校を選んでくるという困ったケースもあります。 詳しくはブログに書きましたので、ぜひおこしください。 http://blog.livedoor.jp/princip/archives/30767887.html |
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05/11/29 22:58
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9 : える
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私も学校選択制には賛成です。 根拠は、複数の中から、自己の判断によって自分の立ち位置を決めるという行動そのものが推奨すべきものだからです。 もちろん、小学生中学生にそのことを判断させることはできませんが、親に良識があれば、少しでも良いと判断できる学校に子どもを通わせたいと思うのは当然のことでしょう。
また、↑の方の意見とは少し違ってしまいますが、競争原理としても機能するはずです。たとえ今がそうでないとしても、これから確実にそうなってくるでしょう。 今、少子化です。 地域の公立学校の合併等の問題もあります。 例えば高校では、ほとんどの学校が総合学科化(かつ合併)してしまって、通える範囲に普通化がなくなってしまったといったよう なケースもあります。これは各高校の受験人数の減少が最も大きな原因です。
これからの学校は、「少し遠くなるけれど、そこに行きたいんだ」と子どもに言わしめるような学校づくりをしていく必要があります。 これが競争原理でなくてなんなのか。 これらの現状を乗り越え、変えて行こうという気質が学校の内側に存在しないのであれば、その学校はきっと時代の流れに取り残されていくでしょう。
今、学校選択ができる可能性があるのは、中流以上の裕福な家庭ばかりです。公立では、まだまだ全国区で浸透しているとはいえな い状況でしょう。ですが、公立高校を筆頭として、学区廃止の方向で今社会は動いています。「自分が進む学校を自分で選択する」 「子どもに通わせたい学校を、選択する」ことができる状況は、今後ますます広がっていくでしょう。その時に、時代錯誤な学校か ら順番に無くなっていくことを止める術はおそらく無いはずです。
「つぶれないように援助支援をしろ」 自己責任の原理原則を教えるべきわれわれが、学校運営の責任を放棄してこのような言葉で何者かにすがるのは、大人のとるべき立場ではないと、私は頑なに信じています。 |
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05/12/03 22:37
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10 : 天才教師
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学校選択制度、基本的には賛成です。でも地域や場所によると思います。取り入れてよい地域、取り入れてはいけない地域、さまざ まです。まぁ、この制度によって、学校の統廃合をすすめようという行政の作戦ならしかたありませんが。私の意見は自分のブログ の第2話と3話に意見を述べました。もし、よろしければ参考に。 |
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05/12/06 00:35
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11 : こばこば
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学校選択制には、さまざまなタイプがあり、一概に市場化の流れと断定することはできません。たとえば、小規模な学校に対する優 遇措置を与えることによって、その学校の入学者を増やし、統廃合の対象になるのを避けるとか、市全体で少人数学級を実現するた めに、入学者数を調整したいために誘導するとかいろいろな目的に使われるのです。 制度が教育改善に本当に寄与するかは、地域の実情や教育委員会の狙いを踏まえて議論する必要があるでしょう。私は、条件付賛成派です。 |
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05/12/07 18:57
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12 : princip
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小学校1年女児殺害事件が起き、学校選択制度にも影を落としています。 何故かというと、1年生が遠い学区から独りで通ってくる危険性を考えるとどうかなと思うのです。 集団下校をしても、学区外から通ってくる子まではカバーできません。確実な安全を考えるのなら、保護者が迎えに来るしかないのです。学校の統廃合も同様の問題があります。 |
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06/11/25 09:27
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13 : こばまさ
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1年近く書かれていないところで、時代遅れかと思いますが、書かせてください。 学校の選択制には、反対です。なぜなら学校教育とは、一方的に地方公共団体が市民に対して行われるサービスではないからです。 公立学校の教育とは地域住民、保護者、生徒、教員が連携して形作るものです。その意味で地方自治の概念を最も端的に表しているものであると考えます。 あっちの学校が良いから子どもをそこに入学させる。そんな安直な問題ではありません。うちの地域にある学校をどう活性化する か、地域住民や保護者、生徒、教員が真剣に話し合い行動することによってなされるものだと思います。地域に住む大人達が子ども 達のために一致協力していくこと、その姿を子ども達に見せることが、何より地域の教育力であると思います。 ただ自分の子どもにとって良い教育を受けさせることのみに専心していくことが教育熱心だと思われていますが、極めて利己的で、自己中心的な考え方だと思います。 いまこそ、大人達が市民としての義務を果たし、地域の学校の活性化に立ち上がるべき時です。学校を選択するのではなく、学校 に関心をもち、意見を述べ、子ども達のために行動をおこし、学校に参加すべきです。こちらのほうが苦労も多く、大変ではああり ますが、大人達が団結し、汗を流しもせずに一体子どもに何を伝えるというのでしょう。 |
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07/10/14 10:20
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14 : むっく
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>>13. こばまささん
強く同感をおぼえました。 学校選択制の中に見え隠れするのは、まさにおっしゃるとおり「わが子さえ 教育レベルが高くて安全な学校に通えさえすればよい」といった親のエゴであり、そこには自らが地域を、学校をよくしてゆこうという前向きな姿勢は感じられません。
そういうエゴが固まって作り上げられていく学校というのは、親のクレームばかりが多く、学校側も今ある人気を下げないためにひたすら親の顔色を窺う、そんな寒々しいものになりそうです。
何とかして「勝ち組」にまわりたい、という欲求だけがちらちらするこの制度改革には反対です。
子供は地元の小学校に通っていますが、先生方のそれぞれの取り組みには感謝する毎日です。 |